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どうしてこんなに悲しいんだろう

ブログ2020.07.22

これが自由というものかしら
自由になると淋しいのかい
やっと一人になれたからって
涙が出たんじゃ困るのサ
やっぱり僕は人にもまれて
皆の中で生きるのサ

       吉田拓郎

さいきん、
朝の撮影散歩をしていると
「おはようございます」
と、挨拶をしてくれる方がいる。
はにかんだかんじで
とても愛くるしい笑顔で。

近くの幼稚園に通う女の子のようだ。

嬉しいものだ。

こちらから子供に声掛けをすると
下手すると通報されてしまう昨今
親御さんも
娘さんが挨拶をちゃんとする姿を見て
うれしそうにしてくれているのも
とても嬉しい。

おれみたいな
デカくて
汚いオッサンが
カメラ片手に歩いていると
たいがいは避けるように通っていくし😅

それだけのことで
一日の入り口が
とても満ち足りて感じられる。

感謝だね。


いま
電車に乗り
空いている席に座ろうとしたら
先に座っていた方のカバンが
膝から大きくはみ出していて
軽くケツが触れてしまった。
「すみません」
と、言ったら
スンゲェ〜、嫌な目で見られた。

いや、
あんたがカバンを
はみ出させて持っていなければ
最初から膝の上に
自分のスペースに収まるように置いていたら当たらなかったし!
と、言えるわけもなく、
もういちど
「すみません」
と、謝った。

朝の
「今日はいい日だぁ〜💓」
を返してくれ!

自分にとって
いい人もいれば
嫌な人もいる
正直いえば
どうでもいい人もいる

「どうでもいい人」は
よくない。
本当は「どうでもいい人」なんているはずがない。
「どうでもいい人」がいる時点で
俺も誰かにとっては「どうでもいい人」になる。

「どうでもいい」は
自分に返ってくる。
だし、
ムカツクあいつも
ステキなあいつも
どこかの知らないアイツも
大事な人である。

いつもの如く
納得いかない自分に言い聞かせる。

難しいもんだな
人間であるってことは。

また
明日の朝も
あの娘に会えるかな。

また
電車で
あのカバン人間に会えるかな・・・。
とは望めない。

怒りの矛先を向けられない
怒りをあらわにできない
そんな相手
それも
すれ違いの行きずりの相手なら
「どうでもいい人」にしてしまうのが
いまこの瞬間は精神衛生上良い。

また、
自分をどうでもいい存在にしてしまった。

みんなの中で生きるって
「どうでもいい」を
ひとつひとつ
なくしていくことのような気がする。
それが人であれ
事象であれ。

今日の言葉は
よしだたくろう(吉田拓郎にする前)の
「どうしてこんなに悲しいんだろう」という曲の
一節からひいてきた。
このあとこう続く

人の心は暖かいのサ
明日はもう一度 ふれたいな
一人ごとです 気にとめないで
ときにはこんなに思うけど
明日になるといつもの様に
心を閉ざしている僕サ

自分の有り様を
当時まだ24歳か25歳の
よしだたくろう君に言い当てられた気分だ。

おまえさ、素直になれよ。

そんな誰ともしれない声が聞こえてくる。

心を閉ざそうが
孤独を気取ろうが
一人にはなれないし
どうでもよくもなれない。
ならしてもくれない。

それなら
もう少し
人と関わっていこう

いちいち腹立つことが
今日も多かったけれど
なんだか
今日は
とてもいい一日だった気がする。

きっと

「おはようございます」

のお陰だな(*^^*)

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